反定立の灰になるまで

燃焼や研磨のあとに残る、何か

2018-10-14

 情けなくなりました。
 あまりにも自分の心に余裕がなさすぎる。そもそも心があるのかという話は置いておいて、こんなにも駄目だとは思っていなくて、誰かに送るメッセージが推敲のない、思慮のない乱暴な書き方になってしまっていて、それを時間のせいにして。完全な悪循環だ。

 でも思うのは、逆に今まで気を張りすぎていたんじゃないかって。むしろ大多数はこの乱暴さに慣れている可能性もあって、それはそれで恐ろしいことではあるけれど、だからって自分のやり方を誰かに押し付けたり、自分が感じてきたことを感じさせようと思ったりはしたくなくて。

 我々はこんなに苦労してきたのだから、未来世代も同じように苦労すべきだと考えるようなあり方もあって、少なくとも自分はそんな思考は受け入れられないと思っている。
 楽できるなら存分に楽していいし、その余暇で更に発展してくれと思う。ただひとつ、なぜ楽になっているかを忘れさえしなければ。

 話は戻って、僕はもっと僕の乱暴さに慣れるべきなのかもしれない。

 過ごしやすい気候になって、芝生一面開けた場所で弁当を広げて団欒する家族を見たり、寄り添い合うカップルを見かける。彼らが穏やかに見えるのは、僕が穏やかじゃないのか、穏やかだったからこそそれを感じ、いま穏やかでない自分に怯えているからなのか。