反定立の灰になるまで

燃焼や研磨のあとに残る、何か

ビートボックス

 定期的に来て聞いて(ていきてきにきてきいて)という回文が気に入っています。

質問箱(しつもんばこ、意見箱などとも)とは、匿名の質問を募るためのもの。ポストのような箱を設置するものや、インターネット上のフォームを利用したものなど、目的や設置場所によってさまざまな形態のものがある。
                           ――Wikipedia


 Peing-質問箱(以下、質問箱)という匿名質問サービスを利用しています。

 私のページはこちら↓ 
peing.net


 定期的に来て聞いてください。基本的に質問にはお答えしています(現在、棄却した質問はありません)。

 Twitterにおいて、以前、別のアカウントを所持していました。
「はいどあ」でつぶやけないことがあるわけではないのですが、近頃の現実でのコミュニケーションのとり方を鑑みるに、知り合い始めたときにアカウントを教え合う傾向があり、実際に関わり合う人にいきなり公開してしまうのが少しだけ怖くなってしまったため、かといって教えるのを断ったり嘘をついたりするのも信条に反するので、教えるためのアカウント、いわゆる「リア垢」と呼ばれるものを作成したのです。
 そこでは、実生活で知り合った人をお互いにフォローしあい、業務連絡や日常の話題提供など、それは確かに生活を便利かつ豊かにするものではありました。
 ときどき、Twitterの使いかた変わってるねと言われることもありましたが。

 質問箱のサービスが開始する以前からインタビューズやAsk.fmといったサービス自体は利用していたのですが、使いやすさと利用人口を考慮した結果、乗り換える形で質問箱の利用をはじめました。
 リアルアカウントの方でも同様に利用しはじめたのですが、正直に言いますと、心地よいものではありませんでした。
 もちろん、特定はできませんが普段仲良くしていただいている人から、相談や個人的な質問、気になっていたことを聞かれることはあり、自分を知ってもらうためにも良いことではありましたし、誰かに助力できることは自分の価値がわずかながらも感じられて良いことではありました。
 ただ、悪意ある質問もあったということです。
 嫉妬なのか何なのか、おそらくごく少数ではあると思いますが、決していい気分にはならない言葉を浴びることもありました。
 何なんですかねあれは。叩きたいだけ、言いたいだけだとは思いますが、本当に気持ち悪いですね。

 そういうことを考えたときに、現在利用しているTwitterアカウントのフォロワーさんは「いいひと」ばかりだなと思いました。
 単に、叩くに値しない存在であるだけなのかもしれませんが。
 
 誕生日しかり先日のバレンタインデーしかり、リプライをくださったりプレゼントをくださったり、自己評価の低いタイミングでそういうことがあるとやはり揺らぐものはありますよね。ああ、自分にはそうされるだけの何かはあるんだと思っていいんだ、って。
 まあ人によって考え方は違うので、「そんなつもりじゃなかった」と言えばそこまでなんですけど。
「そんなつもり」とは。

 勘違いはしないように、だけど思いを受け取れるようにアンテナはしっかりと張りつつ、今後もやっていきたいと思います。